西上町

竹 田 山

城端曳山祭



にしかみまち たけだやま

 西上町の曳山は、”恵比須像”を安置する竹田山です。 原作は享保の初め頃で、安永年間に7代小原治五右衛門林好が作りかえました。 その後、嘉永元年(1848)に9代、10代治五右衛門が上壇などを一部増補・改修したほかは、ほとんど手を加えず、 城端曳山の原型を保っています。

 構造は板車の車輪、四方一文字軒、入母屋造りの屋根、折上平天井で、高さは5.71メートルです。 神座に見返し(後屏)がないのは、この曳山だけで簡素で優美な作風がうかがえます。  装飾は、水波紋様や恵比寿の紋の”蔓柏(つるかしわ)”の意匠が多く使われています。


御神像

 七福神の一つで、もとは兵庫県西ノ宮の祭神であったといわれています。 海上・漁業・商業などの守護神で、風折鳥帽子をかぶり鯛を抱いた姿に描かれています。 城端曳山の御神像の中では唯一の日本の神様です。

 御神像は以前に7代小原治五右衛門林好の作のものがあったが、明和8年(1771)に八尾の西町へ譲渡したと伝えらています。 現在の御神像は、寛政7年(1795)に荒木和助が作ったものです。 明和8年から寛政7年までの24年間には御神像が不在であったのか、疑問とされています。


傘鉾

 神霊をお招きする傘の上には、”争鈴と玉手箱”が三方の上にのせられています。 水引幕は紫地に恵比須の象徴である”蔓柏紋”が染め抜かれています。


庵屋台と庵唄


 庵屋台は、7代小原治五右衛門が、京都祇園の一力茶屋を模したものと伝えられます。 今の庵屋台は、京都の料亭を模した数寄屋造りで、大正4年(1915)から翌年にかけて竹下理三郎により新調され、 昭和31年(1956)に近代城端塗の粋を集めて塗り上げられたものです。 庵唄をうけもつ若連中は”恵友会”といいます。

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